日本の曲のバロック・アレンジ
また半年が過ぎた。
外出規制や文化施設の閉鎖などが6月には終わったので、生徒のためにコンセルヴァトワールのホールで6/29 に発表会をやった。
最後まで何がどうなるか分からない状況だったのだけれど、「人前」で弾くことの特別な感じ、音楽は分かち合った時により美しい、ということを知ってもらいたかったのだ。
その前の6/21の夏至音楽祭、外でないとだめだとか、いや外は全部だめとか、規制がころころ変わったのだけれど、やはりコンセルヴァトワールのホールだった。観客はもちろんマスク着用だが、演奏者もほとんどマスクで、ヴィオラでカルテットを弾いた私はマスクを着けたままと言われ、マスクなしで演奏するフルーティストを横目で見ながら、フラストレーションがたまった。自分の出番の後でいろいろな演奏を鑑賞したけれど、説明する人もマスクで声がこもってよく聞き取れないし、マスクをつけて演奏する子供などを見るのもなんだか嫌だった。
だからこの時点ですでに、私の発表会とミニコンサートの時は、ステージではマスクをつけない、と決めた。それで「罰金」とかいうなら私が払うつもりだった。
生徒の一人に振り付けもしてガボットを踊ってもらった。その前に今年初めて一度だけ行けたバロックバレーのレッスンで始めた新しい振り付け譜からヒントをもらえたのだ。
9月からは、バロックバレーもサニタリー・パスの提示が必要になっていたけれど、ともかく、マラン・マレの新しい曲の振り付けを踊り始めた。
10月9日の夕方に、パリの画廊でコンサートをした。
ミオンのニテティスの組曲に加えて、画廊が書店と組み合わさったオリエンタリズムのところ(経営者の一人がユネスコに勤めている台湾人)なので、その後に、日本の曲のバロック・アレンジをいくつか弾いた。
コンサートはパリでも日本でもコラボレーションしている師井公二さんの作品が展示されている地下の部屋で石の丸屋根の音響が最高だった。
師井さん夫婦は6月末の私たちのコンサートを聴きに来てくれて、その時にアンコールで弾いた『涙そうそう』のカバー曲(バロック風アレンジ。まるでブランデンブルグのような部分がある)を気に入ってくれ、ぜひと言われたのだ。
『涙そうそう』は台湾でも大ヒット曲で、中国語の歌詞で歌われているそうだ。だから画廊でのコンサートにいた複数の台湾の方にもとても気に入ってもらえた。台湾の歌手もいて、今度はいっしょに歌いたい、と喜んでいた。
日本の曲は『赤とんぼ』と『五木の子守歌』のバロック・アレンジで、『赤とんぼ』はまだテーマの部分しか紹介できなかったのだけれど、『五木の子守歌』の3つのヴァリエーションは実はとても複雑でユニークなバロック・アレンジになっている。才能豊かでインスピレーションに富んだ音楽学者が仲間であるのは本当に幸運だ。
最後に、2017年の山陽小野田市の二つのコンサートでの初演以来4年ぶりに弾く田村洋さんのオリエンタルダンスの第二番を弾いた。
2014年の宇部市でのコンサートを聴きに来てくれた田村さんが私たちのために書き下ろしてくれた三つの曲だ。
2017年はラモーの曲などが多く、音楽的にも技術的にもストレス、プレッシャーがかかるプログラムだったので、コンサートの始めに弾いた三曲のオリエンタル・ダンスはある意味で負担だった。私たちのために作曲してくれた田村さんは山陽小野田市の芸術監督で、その期待に応えなければ、というプレッシャーもあった。
ところが今回は、コンサートの終わりにdream trees と副題のついたオリエンタル・ダンス第二番を持ってきて、私たち自身も驚くほど、夢と幻想と驚嘆とほのかな希望と確かな意思とが交錯する名曲だと再発見した。
聴きに来てくださった方には日本の方も複数いたのだけれど、在仏日本人の多くがコロナ禍で日本に帰国できていないこともあるせいか、日本の曲のはじめからずっと涙ぐんでいらっしゃる方もいて驚いた。
日本の曲アレンジのコンピレーションを欲しい、という人もいたので、これからいろいろ考えていきたい。
カトリック教会でのふたつのコンサートも企画が進んでいる。
日本でのコンサートが再び可能になる日に向けて新しいことに挑戦していきたい。
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