最後の日本公演
前の記事を書いてから半年が過ぎだ。
この4 月に、去年の日仏会館での講座の司会をしてくれた丸山さんと、バロック・ダンサーのひかりさんといっしょにホールの下見をした。
順調に行くと、10/20の午後にここで、ダンス付きのコンサートが開かれる。7月に入ってから広報を始める予定。
沖縄がどうなるかはまだ分からない。最悪、日仏会館でのコンサートをZoom配信してもらえる見通しがある。
でも、どんな形でも、2020年の私たちの思いは変わっていないことを直接伝えられたら、と思う。
特に、今回のコンサートはおそらく私たちの最後の日本公演になるだろう。2020年にはそんなことは考えていなかった。
でも4年が経過して、私も、沖縄公演を支持してくれた同世代の仲間たちもみな70代となった。
みな体力的にも経済的にも余裕のある方々だったけれど、この年での4年というのは、自分自身や家族などの健康状態もいろいろあるだろうし、何より、2020年の主催者の方たちがコロナ禍で大きな打撃を受けられたというのが大きい。
いろいろな困難を抱えられている方がいる。その中で今回の私たちをサポートしてくださる方々の熱意とエネルギーには感謝の念しかない。
30年前、私たちがトリオで最初にシャルル・ルイ・ミオンの曲をアレンジしたものを弾いた時のあの新鮮な感動は今も忘れられない。(今回の公演もその曲から始める。30年で解釈の深さ、人生の厚み、思い出、友情が全部加わっている)
ミオンの曲を通して表現するフランス・バロックの独特の身体性を何とか日本の友人たちに直接届けたかった。
1996年に工作舎から出した『バロックの聖女』(音楽とは直接の関係がない)を介して、日本のヴィオラ・ダ・ガンバ奏者からシャリヴァリについての質問を受け、その後、彼女がパリの私のアソシエーションでミニコンサートを開き、私たちのトリオも弾いた時に、パリの笹川日仏財団のプレジデントが出席してくれて、そのご縁で2003年の日本公演が実現した。
その時はそれが最初で最後だと思っていた。でも私の母親や、友人たちに私のやっている音楽を聴いてもらえて嬉しかった。
この音楽と日本文化との親和性や普遍主義を分かってもらうために、公演に合わせてCDと『バロック音楽はなぜ癒すのか』(音楽之友社)を出版した。その時の公演場所は、キリスト教系大学やらカトリック教会やら、仏教寺院やら、すべて、音楽家ではない私の書籍を通じたネットワークでのものだった。
それが最後のはずが、その本を後で手にしてくれた日本人のバロック奏者やバロックダンサーが連絡をくれて、少しずつネットワークが広がって、2010、2014、2017年の公演が実現し、2020年の公演が予定されていたのだ。
2003年からの20年でトリオのメンバーの状況は目まぐるしく変わった。
私生活では何度も危機的状況があった。
変わらないのは、いや深まるのは私たちの、私たちの音楽に対する愛だけだった。
演奏中に、だれが何を考えているかが手に取るようにわかる、というより、一体になる奇跡を何度味わったことだろう。
私たちの友情はこれからも続くだろうし、演奏も続くだろう。
でも、ウクライナ戦争のせいで、飛行ルートが変わり、滞空時間が長くなり、航空運賃も上がり、日本は不景気のままで、楽器を抱えての移動は、もう私には、数年後というスパンでは予定できない。
今年の10月下旬、今の状態では、何とか乗り切れる。私たちは演奏し続けているし、日本に行く前のコンサートも企画されている。
コロナ禍で、「不可抗力」ということを思い知らされた。
世界ではウクライナだけでなくガザ戦争も起こり、「強者が勝ちに行く」という構造は、目前に迫ったパリ・オリンピックの通奏低音でもある。
それでも、「分かち合う美」と「幸福」は存在する。「経済」や「利害」と無縁の「与えることで与えられる」幸せは存在する。
そのメッセージを伝え続けたい。
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