10月の日本公演のお知らせ
(これは竹下節子ブログ9/3からのコピーです。)
10/22の14時から東京恵比寿の日仏会館でトリオの最後のコンサートをします。
ここから予約できます。
2020年4月に沖縄支援を目指して用意していた日本での5つのコンサートは、コロナ禍で各国が鎖国状態となり、全てキャンセルとなりました。
去年の春から、何とかもう一度、と努力していたのですが、そしてフランス側からも私のダンスパートナーも同行して踊ってくれる(振り付けは私が担当)ということで準備していたのですが、実現できませんでした。
日本でコロナ禍の影響が一番深刻だったのは沖縄だったと思います。(日本の検疫のない米軍基地から自由に町に出られるなど)
その後も、ウクライナ戦争などの影響で、危機感がつのり、米軍基地どころか、自衛隊の基地が今まで平和だった離島に建設されるなど、事態は悪化しています。
2020年のコンサートを支援してくれたカトリック関係の友人も2020年に亡くなり、関西の友人たちも60代から70代になり、今回はすべてを私のアソシエーションとこれまでアソシエーションに寄付をしてくださった方のご好意だけでまかなうつもりだったのですが、沖縄コンサートはあきらめざるを得ないようです。
Zoom配信はするつもりです。
戦争があっても、天災があっても、権力者への不信が高まっても、美しいものを分かち合えること、分かち合う時にそれはより美しくなること、幸せな時間を共有できること、を伝えたい気持ちは変わりません。
パリ五輪の開会式では首をかかえたマリー・アントワネットの人形が物議を醸しましたが、ギタリストでダンサーであったルイ14世、ハーピストであったマリー・アントワネットらが愛したフランス・バロック音楽のエレガンスは途絶えていません。
奏者である私のトリオは、年齢も出自も性別も宗教も社会的立場もすべてが異なるという「多様性」の集まりみたいなものなのですが、同じ「美」を求めてクリエイトしていくことこそが私たちのアイデンティティです。
30年に渡って私たちはその喜びを共有し、全員が音楽教師として、それを生徒たちや保護者達に伝えてきました。
友情出演してくれる高溝さんとは、クリスティーヌ・ベイルのバロックダンスで2022年から23年にかけて共に踊りました。
これまでダンスと共にコンサートをしたのは、生徒たちの振り付けをしたのを別にすると、バロック・ダンサーである生徒の親がクリエーションしてくれたものなどです。2003年に最初のコンサートと同時に発売した『バロック音楽はなぜ癒すのか』(音楽之友社)を読んでくれたバロック・ダンサーの湯浅宣子さんといっしょに2010年にパリ郊外でコンサートをして、その後で、湯浅さんのホームである岡山市芸術祭を経て京都のレスパス・エラン、東京のハクジュホールでご一緒できたことは忘れられません。
今回、高溝さんとコラボレートできることにわくわくしています。
高溝さんにも賛同していただいて、ほぼチャリティ価格で開催することになりました。沖縄支援コンサートのために寄付していただいたみなさんのご好意は無駄にしません。司会の丸山さんは、私たちの2014年の築地本願コンサートでナレーションをしてくださった方です。
コロナ禍を経て、私の友人、知人の間で「鬱状態」に陥り、いまだ回復していない人たちがいます。こんな世の中で「希望」を語るなど偽善だ、僭越だ、という声もありますが、どんな条件でも一緒に日本に来てくれるという仲間との絆は私にとって「希望」そのものであり、勇気づけられています。
楽器をかかえての演奏旅行は体力勝負なので体調に気をつけて、皆さんとお会いできることを楽しみにしています。
(浜松と鎌倉でのコンサートについては追ってお知らせします。)
付記)
これが最終公演とありますが、そしてこれまでにも演奏してきたミオンのオペラ音楽がメインですが、全ては進化しています。
変な例えですが、ある物質的なアート作品、デジタルコンテンツも含めて、何度か同じものを「公開」する時、前と違うのは、時代の文脈だったり、受け取る側の体験、立ち位置の変化によって受け取り方が変わったりするというものですが、音楽の生演奏というのは、たとえ「楽譜」が同じでも、「質量ゼロ」なので、まったく新しいものです。
特に、毎年同じウィンナーワルツを演奏するオーケストラなどとは違って、私たちは300年近く前の楽譜を発掘して以来、同じものを土台に30年間、音楽学的に、バロックダンスの実践的に、フランス・ユニヴァーサリズムとそれに依拠する美学に対する歴史的哲学的な研究的に、試行錯誤してきました。
3人の人生(特に私以外の2人の人生は想像を絶する波乱に満ちたものでした)におけるレジリエンスの中で培われた絆が、私たちの生み出す音楽を常に更新しています。
演奏会における「一回性」は奇跡的な出会いであり、まさに「恵み」だと思っています。
30年前、まだ音楽学の学生だった仲間がオペラ座図書館で発見して編曲した『ニテティス』のリトゥルネルを最初に合わせた時の感動は忘れられません。
それはミオンとの最初の出会いであり、まだ音楽学的な分析も細部の詰めも解釈の変化も何もない「初見」だったにもかかわらず、私たちは一瞬にして、それが運命的な出会いだと分かりました。(今回のコンサートの最初に弾きます)
私たちの関係はあらゆる場面で山あり谷ありでしたが、ミオンの曲を永遠にクリエイトしていく喜びはすべてに打ち勝ってきました。
音楽におけるビジネス、コストパフォーマンスとは無縁であり続けてきましたが、それこそが私たちの求めるエレガンスを保障するものでした。
出会いとは奇跡で、私はなんと運が良かったのかとつくづく思います。
日本の皆さんとそれを分け合うことができればどんなに幸せでしょう。
(今回のプログラムと同じものを10/3の20hにパリ1区のベルタン・ポワレ文化センターで弾きます。パリにいらっしゃる方はぜひどうぞ。その後は来年2月にパリのレピュブリックの近くで別のプログラムで弾く予定です。)
« 最後の日本公演 | トップページ | 浜松のコンサートのお知らせです »




コメント